親が認知症になったら賃貸経営は止まる?——止めないための家族信託3つの勘所

投稿日:2026年08月16日

親が認知症になったら賃貸経営は止まる?——止めないための家族信託3つの勘所

朝4時起きの名古屋の税理士丸山です。

「うちはまだ元気だから」「相続のときに考えればいい」——収益不動産をお持ちの方ほど、そうお考えです。
ところが本当に怖いのは、亡くなる前
オーナーが認知症などで判断能力を失うと、その日から賃貸経営は事実上ストップします。
修繕の発注も、建替えも、売却も、金融機関との借換えも、本人の意思確認が取れなければ動かせなくなるのです。
これを防ぐ選択肢が「家族信託(民事信託)」ですが、税務の勘所を外すと、かえって損をすることもあります。
今日は賃貸オーナーが押さえたい3つの勘所——①設定時の課税、②損益通算禁止という落とし穴、③二次相続まで見据えた承継——を整理します。

目次

1. 判断能力を失うと、賃貸経営はこう止まる

2. 【勘所1】信託しても、譲渡税・不動産取得税はかからない

3. 【勘所2】赤字が“なかったこと”に——損益通算禁止という落とし穴

4. 【勘所3】二次相続まで指図する——受益者連続信託

1. 判断能力を失うと、賃貸経営はこう止まる

賃貸経営は、契約と決断の連続です。
入居者との賃貸借契約、大規模修繕の発注、建替えや売却、ローンの借換え——どれも所有者本人の意思表示が前提になります。
ところが認知症などで判断能力を失うと、これらの行為ができなくなり、資産は「凍結」します。
成年後見制度を使う手もありますが、後見人の役割は本人の財産の“保全”が基本で、積極的な建替えや資産の組替えには家庭裁判所の関与が必要になるなど、機動的な経営には向きません。

 

家族信託は、元気なうちに「委託者(オーナー)」が「受託者(信頼できる子など)」に不動産の管理・処分の権限を託しておく仕組みです。
登記名義は受託者に移りますが、家賃という利益を受け取る「受益者」は引き続きオーナー本人にしておけます。
こうしておけば、万一オーナーが判断能力を失っても、受託者が修繕・建替え・売却まで滞りなく進められる。
賃貸経営を止めないための備えです。

番外編:信託の成否を分ける「信託口口座」開設の壁

家族信託をスタートさせると、アパートの家賃を受け取り、経費を支払うための専用口座が必要になります。
これを受託者(子供など)の名義で「お父様のための信託財産である」と明確に区分して管理する口座を「信託口口座」と呼びます。
実は、この口座の開設に対応してくれる金融機関は非常に限られており、銀行側の審査も厳格です。
せっかく立派な信託契約書を作っても、家賃の振込口座が作れなければ経営は動きません。
契約書を結ぶ前に、あらかじめ「どこの銀行で口座を開くか」まで実務的な手当てをしておくことが極めて重要なポイントです。

2. 【勘所1】信託しても、譲渡税・不動産取得税はかからない

「名義を子に移したら、贈与税や不動産取得税がかかるのでは」——ここが最初の誤解です。
委託者から受託者へ信託財産を移す行為は、あくまで信託を目的とした“形式的な移転”とみなされ、資産の譲渡には当たりません。
したがって譲渡所得税は生じず、不動産取得税も非課税です(地方税法73条の7)。
登記についても、委託者から受託者への「所有権移転登記」の部分は登録免許税が非課税とされています(登録免許税法7条1項1号)。
ただし、家族信託の登記は「所有権移転登記」と「信託の登記」の二本立てで、後者の「信託の登記」には登録免許税がかかります(税率は後述)。
「登録免許税が一切かからない」わけではない点にご注意ください。

 

そして委託者と受益者が同じ「自益信託」(オーナー自身が受益者)であれば、経済的な利益は誰にも移っていないため、贈与税もかかりません。
ここが家族信託の入りやすさです。

 

ただし、まったくの無料ではありません。
信託の登記そのものには登録免許税がかかり、税率は土地が固定資産税評価額の0.3%(令和11年3月31日までの軽減。
本則は0.4%)、建物は0.4%です。
加えて司法書士報酬や、受託者に報酬を払う設計なら信託報酬も発生します。
税金は動かないが、実務コストはかかると押さえてください。

3. 【勘所2】赤字が“なかったこと”に——損益通算禁止という落とし穴

家族信託でもっとも見落とされがちなのが、この論点です。
信託した収益不動産から不動産所得の“赤字”が出た場合、その損失はなかったものとみなされます(租税特別措置法41条の4の2)。
つまり、信託不動産の赤字は、給与や事業などの他の所得はもちろん、信託していない別の物件の黒字とも、別の信託契約の黒字とも損益通算できません
しかも、翌年以降へ繰り越すこともできないのです。

 

何が起こるか。
大規模修繕で費用がかさんだ年や、空室で家賃が落ち込んだ年に大きな赤字が出ても、その赤字を他の黒字と相殺して税負担を軽くする、という当たり前の節税ができなくなります。
とりわけ、多額の借入金利子や減価償却で赤字になりやすい物件を信託に入れると、この制限がボディブローのように効いてきます。
信託に入れる物件は、黒字が安定して見込めるものを選ぶ——これが実務の鉄則です。

αの視点:信託する「直前」に大規模修繕を終わらせておく裏ワザ

信託不動産の赤字が切り捨てられるということは、「近々、大規模修繕(外壁塗装や防水工事など)を予定している物件」を安易に信託に入れてはならない、ということです。
もし修繕後に大赤字が出ても、1円も個人の給与所得などと相殺できず丸損してしまいます。
実務上の賢い対策は、「信託契約を結ぶ直前(個人のうち)に大規模修繕を行い、個人の給与所得や他の不動産黒字と相殺して税金を取り戻してから、満を持して信託に入れる」という段取りです。
信託は「いつ始めるか」のタイミングの事前設計が、大家さんの手残りを劇的に変えます。

4. 【勘所3】二次相続まで指図する——受益者連続信託

家族信託のもう一つの強みが、承継の“順番”まで決めておけることです。
通常の遺言では、自分の次(一次相続)の承継先までしか指定できません。
しかし「受益者連続型信託」を使えば、「まず自分、次は妻、その次は長男」というように、二次相続・三次相続の受益者まであらかじめ指定できます(信託法91条)。

 

先妻との子と後妻がいるケースや、子のいないご夫婦で自分の血族に最終的に承継させたいケースなど、遺言だけでは実現しにくい“想い”を形にできます。
ただし無限ではありません。
信託のます。
長期の承継を設計するときは、この30年ルールを念頭に置いておく必要があります。

+αの視点:信託が終了して引き継ぐときも「小規模宅地等の特例」で50%減税できる!


家族信託を設計する際、入口だけでなく「信託が終了して次の世代へ財産が移る時(出口)」の相続税対策まで見据えておくことが不可欠です。
例えば、お父様(受益者)が亡くなり、信託が終了して帰属権利者となったお母様や長男が貸家とその敷地を引き継ぐケース。
税務上、信託の残余財産として宅地を取得した場合であっても、他の要件を満たす限り、貸付事業用宅地等としての「小規模宅地等の特例(相続税評価額50%減額)」の適用が認められます。
承継の順番を決めるだけでなく、最後の相続税を最小化する出口までワンセットで設計して初めて、真に実務に耐えうる家族信託となります。

おわりに

家族信託は、認知症による凍結を防ぎ、賃貸経営を止めないための有力な備えです。
一方で、損益通算禁止のように、入れる物件を誤ると効果が薄れる論点もあります。
当事務所では、お客様の物件の収支やご家族の構成をお聞きしながら、信託に向く資産・向かない資産の切り分けから、司法書士や弁護士との連携まで、一気通貫でお手伝いしています。
「ともに未来を描く」——大切な資産を、次の世代へ滞りなく引き継ぐお手伝いができれば幸いです。
まずはお気軽にご相談ください。

※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の税務判断や具体的な取引の結果を保証するものではありません。
税法は改正されることがあり、また個々の事実関係により取扱いが異なる場合があります。
実際の適用にあたっては、必ず税理士等の専門家にご相談ください。

 

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この記事の監修

丸山会計事務所 税理士 代表 丸山和秀

税理士
丸山会計事務所代表 丸山 和秀(1986年生まれ)

税制支援20年以上、不動産税務、事業承継&M&A、法人資産税、設備投資時の優遇税制を得意とする。
「ともに未来を描く」を経営理念として、お客様と一緒に未来を描くことができる、提案型の“攻める税理士”として、経営ビジョンやニーズに寄り添い、適切なタイミングで、お客様のお悩みを解決するご提案を行う。

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