賃上げ促進税制における教育訓練費上乗せ要件の活用方法と問題点
投稿日:2025年03月18日

賃上げ促進税制には、基本要綱に上乗せする形で利用できる控除があります。
この制度を利用すれば、より法人税や所得税を抑えられるようになります。しかし、制度は必ずしも利用できるとは限りません。
制度を正しくかつよりお得に利用するには、その内容や条件を知っておく必要があります。
本記事では、賃上げ促進税制の教育訓練費にかかる上乗せ税額控除について解説します。
賃上げ促進税制とは

賃上げ促進税制とは、企業や個人事業主が法人税や所得税で税額控除を受けられる制度です。
従業員に対して賃金を一定額以上引き上げるなど、特定の要件を満たすことで利用できます。
企業による賃上げ促進や、それによる消費拡大と経済活性化を図ることを目的としています。
要件を満たせば枠に応じた控除を受けられるほか、上乗せ控除も合わせて利用できます。
そのため、うまく制度を利用できれば多額の控除を受けることも可能です。
賃上げ促進税制の税額控除枠
賃上げ促進税制は、企業の規模ごとに控除率が設けられています。
令和6年度改正も含めた内容をまとめた図が、以下のものです。
この枠のうち、真ん中にある中堅企業向け枠は、令和6年度改正によって新たに設けられた枠です。
これにより、従来の枠では制度を利用できなかった企業も、より利用しやすくなりました。
賃上げ促進税制の教育訓練費の上乗せ措置とは

賃上げ促進税制は令和6年度改正によって、新たな枠だけでなく複数の上乗せ措置が導入されました。
そのひとつが、教育訓練費の上乗せ措置です。
先ほどの図でいうと、真ん中にある5%または10%の上乗せがされる部分を指します。
この措置は中小企業が対象となっており、基本要件を満たしたうえで教育訓練費の金額を前事業年度と比較して5%以上増加させると対象になります。
これに令和6年の税制改正で新たに適用事業年度の給料の教育訓練費が全雇用者の0.05%以上増加すべきとの要件が組み込まれました。
この要件を達成すれば、基本要件で得られる控除に加えて、10%の税額控除率を上乗せできます。
教育訓練費として認められる対象や範囲が決められていますが、そのほかの規定は特にありません。
リスキリング助成金をはじめとした助成金とのかけあわせも可能です。
うまく活用できれば、税負担を抑えつつ従業員のスキル向上につなげられます。
なお、上乗せ措置は無制限に利用できるわけではありません。
控除金額は法人税額または所得税額の20%までが上限です。
これを超えてしまうと活用できないため、注意しましょう。
令和6年以降の税制改正で、繰越処理が認められるようになりましたので注意が必要です。
具体的な計算方法(中小企業向けで解説)
制度の仕組みを理解しても、具体的な例がないと分かりにくい方もいらっしゃるでしょう。
次は、単純化した例を用いて実際に計算します。
適用年度の給与支払総額が3,200万円・前年度の給与支払額が3,000万円の中小企業があると仮定します。
この場合で上乗せ措置がない場合、計算式は以下の通りです。
イ)3,200万円-3,000万円=200万円
ロ) 200万円 ÷ 3,000万円=6.66% → 30%控除
ハ) 200万円×30%=60万円
次に、同じ内容で教育訓練費が前年度50万円・今年度60万円かかったとして、上乗せ条件を達成した場合の控除額を計算します。
イ) 教育訓練費増加額 60万円 - 50万円= 10万円
ロ) 増加割合 10万円 ÷ 50万円 = 20%
ハ)人件費に占める割合 3,200万円 × 0.05%=16,000円 < 60万円
→ 教育訓練費 適用あり
二)200万円 × ( 30% + 10%) = 80万円
このように上乗せ措置を利用できれば、基本要件のみの場合に比べてより多くの控除を受けられるようになります。
所得拡大税制の対象となる従業員の範囲

この制度の対象となる従業員は、国内雇用者に対して支給する給与等です。
国内雇用者とは、法人または個人事業主の使用人のうち、その法人または個人事業主の国内に所在する事業所につき作成された賃金台帳に記載された者を指します。
具体的には、以下の従業員が含まれます。
•パートタイマー
•アルバイト
•日雇い労働者
ただし、以下の者は国内雇用者には含まれません。
•法人の役員(使用人兼務役員を含む)。
•役員の特殊関係者。
特殊関係者とは、役員の親族(6親等内の血族、配偶者、3親等内の姻族)、役員と婚姻関係と同様の事情にある者、役員から生計の支援を受けている者などを指します。
•個人事業主の特殊関係者。
個人事業主の親族(6親等内の血族、配偶者、3親等内の姻族)、個人事業主と婚姻関係と同様の事情にある者、個人事業主から生計の支援を受けている者などが該当します。
なお、一時的に海外で働いている者であっても、国内の事業所で作成された賃金台帳に記載され、給与所得となる給与等の支給を受けている場合は、国内雇用者に該当します。
重要な点として、この制度は使用人に対する賃上げを促進するためのものであるため、役員やその特殊関係者に支払われる給与等は原則として対象外となります。
•「使用人兼務役員」については、使用人としての給与分についても計算の対象にはなりません。
•役員となる前、または役員を退任した後に使用人として給与を受け取っている期間がある場合は、その使用人としての給与のみが対象となります。
このように、所得拡大税制の対象となる従業員は、国内の事業所に勤務し、賃金台帳に記載されている使用人が中心となります。役員やその親族などは対象外となる点がポイントです。
教育訓練費の範囲

教育訓練費について、その範囲と注意点をご説明します。
まず、教育訓練費とは、法人がその国内雇用者の職務に必要な技術または知識を習得させ、または向上させるために支出する費用を指します。
ただし、その教育訓練費に充てるため他の者から支払を受ける金額がある場合には、当該金額を控除します。
具体的な教育訓練費の範囲は以下の通りです。(「ガイドブック」12の12~15ページにも詳細が記載されています。) https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/zeisei/syotokukakudai/chinnagesokushin06gudebook.pdf
•法人がその国内雇用者に対して教育訓練等を自ら行う場合の費用:
外部講師等(その法人の役員または使用人である者を除く)に対して支払う報酬、料金、謝金その他これらに類するものおよび教育訓練等を行うために要する講師等の旅費のうちその法人が負担するもの。子会社などのグループ企業から講師の派遣を受けた場合も対象となります。
教育訓練等に関する計画または内容の作成について、外部の専門知識を有する者(その法人の役員または使用人である者を除く)に委託している場合のその専門的知識を有する者に対して支払う委託費その他これに類するもの。
◦その教育訓練等のために施設、設備その他の資産を賃借する場合におけるその賃借に要する費用およびコンテンツ(文字、図形、色彩、音声、動作もしくは映像またはこれらを組み合わせたもの)の使用料(コンテンツの取得に要する費用に該当するものを除く)。
研修施設、会議室、教育訓練用シミュレーター設備、OHP、プロジェクター、教育訓練用ソフトウェアなどが例として挙げられます。
親会社が子会社の施設を賃借する場合も含まれます。
•法人から委託を受けた他の者がその法人の国内雇用者に対して教育訓練等を行う場合の、その教育訓練等のために当該他の者に対して支払う費用(研修委託費)。
委託先が教育訓練を業としていない一般の事業会社や、出資比率100%の子会社に委託した場合の費用も含まれます。
•法人がその国内雇用者を他の者が行う教育訓練等に参加させる場合の、当該他の者に対して支払う授業料、受講料、受験手数料その他の当該他の者が行う教育訓練等に対する対価として支払うもの(外部研修参加費)。
研修講座、講習会、研修セミナー、技術指導などの参加費や、大学院の聴講に必要な費用、教科書代(給与所得となるものを除く)などが該当します。資格・検定試験の受験料も、職務に必要な知識・技術の習得のための教育訓練の一環であれば含まれます。
一方で、以下の費用は原則として教育訓練費に含まれません。
・法人等がその使用人または役員に支払う教育訓練中の人件費、報奨金等。教育訓練担当部署の人件費も含まれません。
•教育訓練等に関連する旅費、交通費、食費、宿泊費、居住費(研修の参加に必要な交通費やホテル代、海外留学時の居住費等)。
•福利厚生目的など教育訓練以外を目的として実施する場合の費用。
•法人等が所有する施設等の使用に要する費用(光熱費、維持管理費等)。研修所の改修・修繕費も含まれません。
•法人等の施設等の取得等に要する費用(当該施設等の減価償却費も対象となりません)。
•教材等の購入・製作に要する費用(教材となるソフトウェアやコンテンツの開発費を含みます)。書籍の購入費も原則として含まれません。
•教育訓練の直接費用でない大学等への寄附金、保険料等。
eラーニングのソフトウェアの購入費など取得に要する費用や開発費用。
教育訓練費に関する注意点としては、以下の点が挙げられます。
•国等から交付を受けた補助金等がある場合、その補助金等が教育訓練費に充てられるものであるときは、教育訓練費の額から当該補助金等の額を控除する必要があります。
•比較教育訓練費の額は、適用事業年度の開始の日の前1年以内に開始した各事業年度の所得の金額の計算上損金の額に算入される教育訓練費の額の合計額を、その1年以内に開始した各事業年度の数で除して計算した金額となります。
前事業年度の月数と適用事業年度の月数が異なる場合は、比較教育訓練費の額についても月数に応じて調整が必要です。
具体的な調整方法は、「ガイドブック」12の46~47ページや質問応答集(Q&A)25のQ57をご確認ください。
•教育訓練費の上乗せ措置の適用を受けるためには、教育訓練費の額および比較教育訓練費の額に関する事項を記載した書類を保存する必要があります。
具体的には、教育訓練等の実施時期、内容、対象となる国内雇用者の氏名、教育訓練等の費用を支出した年月日、内容および金額ならびに相手先の氏名または名称などを記載した書類を作成・保存する必要があります。明細書の様式は自由ですが、「ガイドブック」12に例が示されています。
これらの範囲と注意点を踏まえ、教育訓練費を適切に把握・管理することが、所得拡大税制の適用を受ける上で重要となります。
教育訓練費の上乗せ税額控除の問題点

教育訓練費の上乗せ税額控除は、条件さえ満たせば簡単に利用できます。そのため現在は、多くの企業がこの上乗せ控除を利用している状態です。活用する企業が多い一方、問題点を指摘する声もあります。
制度を正しく活用するためにも、利用方法だけでなく制度が抱える問題点についても知っておきましょう。
訓練費増額が賃上げに及ぼす影響と控除額が釣り合わない可能性がある
2025年1月15日に、会計検査院が控除について調べたところ、2018〜2021年度の控除額のうち、半分近くが適切な控除ではない可能性があると指摘しています。
元々、教育訓練費の控除は経産省によって決められましたが、検査院は独自試算で訓練費が上がっても大きな影響は与えられないと判断しています。
検査院は調べた法人・9970法人に適用される控除額は、136億円が妥当だとしました。
控除の計算を見ると分かりますが、この上乗せ控除は教育費として認められる費用が一定額を超えていれば、どの企業でも利用できる措置です。
また、10%の上乗せで基本要件に加え数十万単位での控除を受けられることも分かります。
上記の計算例では、10万円教育研修費が増加したはずが、20万円の税額控除が受けられる形になっており、これが教育費と、税額控除のバランスを崩しているという会計検査院からの指摘があります。
わずかな増額で多くの控除を受けられる状態は、国や企業に対する不公平感を強めてしまう事態になりかねません。控除を利用する際は、これらの指摘も頭に入れておくべきです。
多大な控除を受けた企業がある
この制度を利用して実際に多額の控除を受けた企業も多数あります。この制度を利用した企業の8割に当たる9,812法人は、訓練費の増額分を上回る控除を受けていました。その中にはわずかな増額で多額の控除を受けていた事例もあります。
国はこの制度を通じて企業の賃上げやリスキリングなどへの意欲を引き出し、経済好転を狙って注力していました。しかし実際は効果は着目されず、教育訓練費に関する検査は未だ行われていません。
制度の裏をかくような運営は避けるべき
この制度は一見すると、簡単に税額控除を受けられるようないい制度に見えるかもしれません。
しかし、検査院が指摘するように、多額の控除を受けていた企業や、その効果を疑問視する声もあります。
間違っても、制度の裏をかくようなテクニックをクライアントに伝えてはなりません。
その時はうまくいっても、後々トラブルになる恐れがあります。
クライアントには、常に正しい使い方を案内しましょう。
まとめ

賃上げ促進税制の上乗せ控除は、条件さえ満たせばどの企業でも利用できる便利な制度です。少しでも節税したいなら、利用すべき制度といえます。しかしその一方で、制度として精査が必要であると指摘されているのも事実です。
クライアントに制度の利用を提案する際は、常に正しい利用の仕方をアナウンスしましょう。間違っても、悪用するような方法は教えてはなりません。
このように当事務所では、税理士や会計士などの中小企業の支援者がお客様に提案や紹介できる内容を発信しています。
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この記事の監修

税理士
丸山会計事務所代表 丸山 和秀(1986年生まれ)
税制支援20年以上、不動産税務、事業承継&M&A、法人資産税、設備投資時の優遇税制を得意とする。
「ともに未来を描く」を経営理念として、お客様と一緒に未来を描くことができる、提案型の“攻める税理士”として、経営ビジョンやニーズに寄り添い、適切なタイミングで、お客様のお悩みを解決するご提案を行う。