「株式譲渡」と「事業譲渡」、結局どちらが得か?──手取り額を変える3つの判断軸

投稿日:2026年06月04日

「株式譲渡」と「事業譲渡」、結局どちらが得か?──手取り額を変える3つの判断軸

朝4時起きの名古屋の税理士丸山です。

「会社を売る」「会社を買う」と一口に言っても、最初に経営者の頭を悩ませるのが、株式譲渡でまとめるのか、事業譲渡で組み立てるのか、というスキーム選択です。

同じ「事業の売買」に見えても、手元に残る金額、契約手続きの重さ、簿外債務を背負うリスクは、両者でまったく違います。

手取りが数千万円単位で変わる場面も少なくなく、ここを誤ると、長年積み上げてきた会社の価値が交渉のテーブルでみるみる目減りしてしまいます。

 

本日は、後継者不在に悩む中小企業オーナーや、新たな事業の柱を外部から取り込みたい買い手企業が、入口の段階で押さえておきたい三つの判断軸を整理します。

目次

1. スキームの基本構造――「会社ごと買う」か「事業だけ買う」か

2. 税負担と手取りの差――個人20.315%と法人実効税率30%台のはざまで

3. 簿外債務・許認可・契約承継――買い手リスクを左右する分岐点

4. 株主総会・債権者保護・労働契約――手続きの重さを見落とさない

1. スキームの基本構造――「会社ごと買う」か「事業だけ買う」か

株式譲渡は、対象会社の株主が保有する株式を売主から買主へそのまま譲り渡すスキームです。

会社の法人格は変わらず、資産・負債・契約・許認可・従業員に至るまで、原則としてすべてが現状のままパッケージで包括承継されます。

中小企業のM&Aでは、買い手にとっても売り手にとっても手続きが軽く、最終契約から数週間でクロージング

――というスピード感が大きな魅力で、実務上はこの形が選ばれる場面が圧倒的に多いといえます。

 

これに対して事業譲渡は、対象会社が営む事業の全部または一部を、資産・負債・契約ごとに「個別に」売買する取引です。

製造ラインだけを切り出して譲渡する、不採算店舗は除外する、特定の取引先との契約だけを引き継ぐ

──こうした切り分けが可能で、買い手は欲しい部分だけを選び取れる柔軟さがあります。

 

一方で、契約や許認可は自動的には移転せず、取引先や監督官庁ごとに個別の同意・再取得手続きが必要になる点が、後段のリスクと手続きの重さに直結します。

2. 税負担と手取りの差――個人20.315%と法人実効税率30%台のはざまで

経営者にとって最大の関心事は、最終的に手元にいくら残るかです。

ここで両スキームは大きく分かれます。

 

株式譲渡で個人オーナーが株式を売却した場合、譲渡益には申告分離課税が適用され、税率は所得税15%・住民税5%・復興特別所得税0.315%の合計20.315%。

所得水準にかかわらず一律で、累進税率の影響を受けません。

例えば株式譲渡益が3億円であれば、税負担はおおむね6,095万円、手取りはおよそ2億3,900万円となります。

 

一方、事業譲渡は売主が「会社」であるため、譲渡益には法人税・住民税・事業税が課され、実効税率は規模にもよりますが概ね30%台前半です。

3億円の譲渡益なら法人段階で約9,000万円超の税負担となり、残った資金を配当や役員退職金として個人に還元する際にも追加の課税が発生します。

総合課税の累進税率(所得税・住民税で最高55%)の対象となるため、出口設計を怠ると、株式譲渡の手取りより大きく目減りすることが珍しくありません。

 

ただし、事業譲渡は買い手側に明確な税務メリットがあります。

取得対価が時価純資産を上回る金額は「資産調整勘定」(税務上ののれん)として認識され、5年間(60か月)にわたり均等に減額され損金算入されます。

買収後の節税効果を取りに行ける一方、株式譲渡では資産調整勘定は発生せず、税務上ののれんは生じません。

売り手は株式譲渡、買い手は事業譲渡」を主張しがちな構造的な対立が、ここから生まれます。

3. 簿外債務・許認可・契約承継――買い手リスクを左右する分岐点

買い手の立場で最も慎重になるべきは、簿外債務の取り扱いです。

株式譲渡では会社の権利義務がそっくり包括承継されるため、買収後に未払残業代、土壌汚染、過去の税務調査リスク、訴訟リスクなどが顕在化した場合、買い手がそれを引き受けることになります。

実務上はデューデリジェンスで洗い出し、表明保証条項と補償条項で金額と期間に上限を設けて手当てしますが、売主が個人で資力が乏しい場合には補償が回収できない例もあり、表明保証は万能ではありません。

 

事業譲渡では、譲り受ける資産・負債を契約書で個別に特定するため、原則として簿外債務を切り離せます。

リスクが見えにくい事業を買うときの「最後の安全弁」として、あえて事業譲渡を選ぶ案件も少なくありません。

 

もっとも、許認可は事業譲渡では原則として承継されず、建設業、運送業、宅地建物取引業、医療・介護事業のように許認可が事業の前提となる業種では、買い手が再取得する手間と、許可までの空白期間が発生します。

賃貸借契約、取引基本契約、リース契約も自動的には移転しないため、相手方ごとに同意を取り直す必要があり、案件規模によっては実行コストが想像以上にかさみます。

4. 株主総会・債権者保護・労働契約――手続きの重さを見落とさない

会社法上の手続きにも明確な差があります。

株式譲渡は、原則として売主と買主の合意のみで成立し、対象会社における株主総会決議は不要、債権者保護手続きも不要です。

譲渡制限株式の場合に取締役会または株主総会の譲渡承認が必要となる程度で、手続きは軽量です。

 

これに対して事業譲渡では、事業の全部の譲渡または重要な一部の譲渡に該当する場合、譲渡会社で効力発生日の前日までに株主総会の特別決議が必要となります。

簡易事業譲渡の要件(譲渡資産の帳簿価額が総資産の5分の1以下など)を満たせば総会を省略できますが、要件判定を誤ると、後日決議の有効性を問われるリスクを抱えることになります。

 

労働契約の扱いも要注意です。

株式譲渡では使用者の地位がそのまま継続するため、従業員との雇用関係に変更は生じません。

事業譲渡では雇用契約も個別承継の対象となり、厚生労働省「事業譲渡又は合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針」に沿って、対象労働者一人ひとりから個別同意を取得する必要があります。

キーマンの離反が起きやすい局面でもあり、PMI(統合プロセス)の人事設計と並走させて進めることが欠かせません。

 

当事務所では、長年にわたり中小企業オーナーの事業承継・株価評価・組織再編・M&A実行支援に伴走してまいりました。

スキーム選択は税負担の最適化だけでなく、取引先・従業員・金融機関への影響、PMIの難易度、相続税対策との整合性まで多角的に検討してはじめて、本当の意味で「会社と家族を守る」結論にたどり着きます。

経営理念「ともに未来を描く」のもと、税務にとどまらず、組織再編、事業承継、M&Aアドバイザリーまでワンストップでお手伝いいたします。

M&Aや事業承継を検討されている経営者様は、構想段階のごく早い時点で一度ご相談ください。

 

※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別具体的な経営判断を行うものではありません。実際のご判断に際しては、税理士・会計士等の専門家へご相談ください。

 

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この記事の監修

丸山会計事務所 税理士 代表 丸山和秀

税理士
丸山会計事務所代表 丸山 和秀(1986年生まれ)

税制支援20年以上、不動産税務、事業承継&M&A、法人資産税、設備投資時の優遇税制を得意とする。
「ともに未来を描く」を経営理念として、お客様と一緒に未来を描くことができる、提案型の“攻める税理士”として、経営ビジョンやニーズに寄り添い、適切なタイミングで、お客様のお悩みを解決するご提案を行う。

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