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副業推進にブレーキをかける所得税法の通達の改正

投稿日:2022年08月24日

2022年8月1日に国税庁のホームページに、あるパブリックコメントの募集が掲載されたのですが、大きな話題になっています。その内容は”「所得税基本通達の制定について」(法令解釈通知)の一部改正(案)(雑所得の例示等)”に対する意見公募です。

この記事では、この改正(案)がどのような内容かを解説し、納税者に与える影響や運用面での謎について考えます。

1.改正されたらどのような影響が出るのか

この改正(案)は、一部では「国をあげて副業を推奨してきて、そこを狙い撃ち」ともいわれており、驚いたことに本改正案が通れば令和4年分の所得税から適用されるものです。

そうなりますと令和5年3月の申告から適用となります。つまりは、来年提出する確定申告書から適用になるということです。

一部で騒ぎになっていますが、まずは改正の内容について見ていくことにしましょう。

300万円以下の副業収入が原則雑所得に

今回の改正案で300万円ばかり注目されていますが、その文言を今一度見てみましょう。

「業務に係る雑所得の範囲に、営利を目的として継続的に行う資産の譲渡から生ずる所得が含まれることを明確化します。また、事業所得と業務に係る雑所得の判定について、その所得を得るための活動が、社会通念上 事業と称するに至る程度で行っているかどうかで判定すること、その所得がその者の主たる所得で なく、かつ、その所得に係る収入金額が 300 万円を超えない場合には、特に反証がない限り、業務に係る雑所得と取り扱うこととします。」

と記載されています。

ここで重要なのは、事業所得と雑所得の判定については従来どおりとしながら、300万円以下の副業(と思われる)収入については原則雑所得として扱うという点です。

もう一点注目されるのが雑所得の範囲に「営利を目的として継続的に行う資産の譲渡から生ずる所得」とあることで、これはヤフオク、メルカリ等の転売などの行為を指すものでしょう。

また、一部の記事では暗号資産などの転売についても、雑所得であることが示されたという記事も見受けられます。

こちらについては私達税理士が見る業界紙では、暗号資産についても、雑所得と明示されたという記事がありますが、暗号資産に売買については現行法上、原則「雑所得」となっております。

暗号資産に関する税務上の取扱いについて(FAQ)(令和3年 12 月) 問8

なぜ今さら300万円の線引きを行ったのか

ところで国税庁が300万円というラインを設けた理由は何なのでしょうか。政府が働き方改革の一環で副業を推奨したり、なかなか上がらない給与収入を補うためだったり、近年は副業をする人が増えました。最近では副業に厳しい金融機関でも、副業を解禁し出しました。

 副業ブームともいえる状況のなか、副業を事業所得として赤字申告して給与所得を減らすなどの脱税行為が増えたと言われています。また事業所得で青色申告の場合には青色申告特別控除などの優遇措置が受けられるので、税に対する不公平感が生まれてしまいます。

 税法はとても曖昧な部分が多く、いままでグレーゾーンとしてどちらでも捉えることができたものを、おそらく副業の相次ぐ解禁で今後提出される申告数が多すぎて、これらの行為を補足しきれないため、300万円以下という形式基準が考えられたのだと思います。

雑所得のルールも明確化

副業の増加によって雑所得の申告が増えたことから、新たなルールも設けられました。これまで雑所得の申告では必要なかった収支内訳書の添付要件や、現金預金取引等関係書類の保存要件が定められています。

業務に係る雑所得を有していて、その年の前々年分の業務に係る雑所得の収入金額が1,000万円を超える方が確定申告するときは、収支内訳書などの添付が必要です。

また、その年の前々年分の業務に係る雑所得の収入金額が300万円を超える方は、取引に係る書類を5年間保存しなければなりません。

国税庁 タックスアンサー(よくある税の質問)No.1500 雑所得

記帳 • 帳簿等の保存制度

事業所得と雑所得の大きな違い

事業所得と雑所得では、かなり大きな違いがあります。事業所得では認められる青色申告や、事業所得が生じた赤字を他の所得から差し引ける「損益通算」は、雑所得では認められません。

青色申告特別控除は最大で65万円の所得控除なので、雑所得扱いされたらかなりの所得税が増えてしまいますし、30万円未満の資産を買ったときの損金算入も使えません。また青色申告でなければ最長3年繰り越せる損失も1年ごとにリセットされてしまいます。

また、他にも高性能のパソコンや、ソフトなどでデザインを行う場合等の税額控除、特別償却などもおそらく適用除外になると思われます。

この改正で困ってしまう人たち

まだ案の段階なので実際の運用がどうなるのか分かりません。

しかし300万円という基準が形式的に当てはめられてしまえば、不都合が生じてしまう人もいます。

例えば新たに事業を始める場合、いきなり本業一本では稼げないので兼業するケースは多いでしょう。開業当初は売上が少ないことはありがちで、設備投資など考えると赤字になることも考えられます。ところが「300万円だから副業で雑所得」とされてしまったら、苦労するような創業をするでしょうか。イノベーションを妨害する改正案になり得ることも考えられます。

そのためこの辺りは、本来であれば投資とそれに対応するリターンなども検討の上、例えば3年間連続で300万円以下の場合はなど、手当は必要になると思われます。

2.国税庁の思惑と運用面での謎

今回の一部改正(案)が通ったとして、その運用面については大きな疑問や謎があり、そしてかなりの弊害が発生するでしょう。

ここからは想像も交えた内容ですが、300万円基準への疑問点について考えてみます。

事業所得者の増加とその対処

国が旗振り役となって副業を推進してきたことに加え、給与収入が伸びないなか確実に副業をする給与所得者は増えています。さらにコロナ関連の給付金に関係して実態があるのか怪しい「自称個人事業主」もあることから、税務署が内容を把握しきれないことも理解はできます。

とはいえ今回の改正は、実地に調べることを放棄したともとられる内容です。怪しいと思われる申告者に合わせて、正しく申告している人に損をさせるような改正といえます。

また副業であっても不動産収入に関しては触れられず、兼業農家などの扱いもどうなるのか不明点が多いのが現状です。

受理した開業届や青色申告承認申請の扱い

もし改正案が通ったとして、これが適応されるのは令和4年分の確定申告からです。さすがに令和3年分以前の申告には関係はないでしょうが、令和4年7月までに「個人事業の開業届」や「青色申告承認申請」を提出し受理された人の扱いはどうなるのでしょうか。

また「特に反証がない限り、業務に係る雑所得と取り扱うこと」という点も、事業収入が300万円以下だった場合に、何かしらの書類を添付や提出が必要なのかも気になります。

個人では判断がつかない内容なので、専門家に相談することをおすすめします。

かえって無申告などのモラルハザードを起こす恐れも

今回の改正案を見る限り、正直者がバカを見てしまうかもしれない内容で、かえって「申告・納税」への意識が低下する可能性もあります。

もともと一カ所で勤務いており給料しかもらっていない方が副業の所得が20万円以下だと申告の必要がないうえ、住民税の申告などしない人が増えそうです。恐らく「否認されそうな経費」を無理やり損金にして赤字申告していたような人は、損益通算できないなら申告すらせず、事業の把握がしづらくなるのではないでしょうか。

またグレーゾーンで稼いでいる人は、そもそも無申告者が多いため、この改正案に効き目があるかは疑問が残るところです。

3.まとめ

「300万円以下の本業ではない収入については原則雑所得とする」という改正は、主に好ましくない申告を行っている人たち対策だと思われます。

しかしこの改正案は、2023年10月に開始される「適格請求書保存方式(いわゆるインボイス制度)」とともに、政府が推進していたはずの副業にブレーキをかけてしまうものです。

フードデリバリーの配達員や、副業でライティングやデザインに取り組んでいる方など、多くの分野に影響を与えることが予想されます。

パブリックコメントは8月31日まで募集しています。意見を入れることで改正案が変わることは難しいですが、多少の細かい調整には繋がるのではないでしょうか。
副業をしている会社員の方などにとっては気になるニュースかと思います。

この記事の監修

丸山会計事務所 税理士 代表 丸山和秀

税理士
丸山会計事務所代表 丸山 和秀

税制支援20年以上、不動産税務、事業承継&M&A、法人資産税、設備投資時の優遇税制を得意とする。
「ともに未来を描く」を経営理念として、お客様と一緒に未来を描くことができる、提案型の“攻める税理士”として、経営ビジョンやニーズに寄り添い、適切なタイミングで、お客様のお悩みを解決するご提案を行う。

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