寿司屋を継ぐはずだった私が、簿記に出会った日
投稿日:2026年05月13日

朝4時おきの税理士の丸山です。
今回から数回にわたって、私自身が「税理士試験」を受けてきた話を書いていこうと思います。
なぜ、こんな個人的な話を書くのかというと、いま税理士を目指して頑張っている科目合格者の方や、これから受験を考えている方のなかに、当時の私と同じような気持ちでいる人がきっといるはずだと思っているからです。
私の話が、そうした方の少しでも力になれたら――そう願って、恥ずかしい話も含めてさらけ出してみたいと思います。
先生から「行ける高校がない」という言葉
実は私、勉強ができなかったんです。
中学までの成績は、下から数えた方が早いような状態。先生からも「お前、行ける高校がないぞ」と真剣に言われたほどでした。
うちの実家は寿司屋をやっていたので、私自身も「将来は寿司屋を継ぐつもり」でいました。勉強で身を立てるなんて発想は、当時の私にはまったくなかったんです。
親父に、すし屋継ぐために何をしたら良い。と聞くと。
そんな私に、親父は私にこう言いました。
「寿司屋を継ぐつもりなら、簿記をやっといた方がいいぞ」
これが、私と簿記との最初の出会いでした。
「今からでも逆転できるよ」
なんとか高校に入った私は、簿記の勉強を始めました。とはいえ、最初はもう本当に何もできない状態です。勉強の仕方すら分からなくて、ただひたすら問題を解き続けるという、効率の悪いやり方でした。
そんな私に、ある先生が声をかけてくれたんです。
「 今からでも逆転できるよ」
この一言が、本当に大きかった。
ろくに勉強したことがなかった人間に「お前ならまだ間に合う」と言ってくれる人がいる。その事実だけで、もう少し頑張ってみようと思えました。
高校2年生で見えた「兆し」
ひたすら問題を解き続けた日々。
少し兆しが見えてきたのは、高校2年生の時です。日商簿記2級を受験したんですが、1回目で70点合格で、65点と、クラスで1番の成績を取ることができました。
計算は遅いし、字は汚いし、人と比べて器用な勉強ができたわけでもありません。それでも、初めてクラスでトップを取れた。
その瞬間に思ったんです。
「あれ、簿記って楽しいかもしれない」
これが、私の人生を大きく変えた一瞬でした。
ただ正直に言うと、その時すでに、私は人の3倍以上の勉強量をこなしていたと思います。要領が悪い分を、量でカバーするしかなかったんです。それでもなお、結果はすぐには出ませんでした。簿記2級は、最初の挑戦では落ちました。合格できたのは2回目の受験です。
高校3年生になると、同じく2級に受かったクラスメイトと一緒に、夜、大原(資格の学校)に通うようになりました。これが、私が本格的にこの道を歩み始めるきっかけになります。
未経験から、誰かの3倍も時間をかけて、それでも一歩ずつ前に進む。
このブログを読んでくれている方の中に、もし「自分はもともと出来が良くないから……」と感じている人がいたら、声を大にしてお伝えしたいです。
私は、できなかった側の人間です。
それでも続けていれば、ある日「兆し」が見える瞬間が必ず来ます。その瞬間を信じて待てる方こそ、私たち丸山会計事務所が一緒に働きたい人です。
次回は、「親父の『大学に行って何するの?』」という一言から、税理士を目指すことになった話を書きます。
丸山会計事務所では、共に成長していけるスタッフを募集しています。
この記事の監修
税理士
丸山会計事務所代表 丸山 和秀(1986年生まれ)
税制支援20年以上、不動産税務、事業承継&M&A、法人資産税、設備投資時の優遇税制を得意とする。
「ともに未来を描く」を経営理念として、お客様と一緒に未来を描くことができる、提案型の“攻める税理士”として、経営ビジョンやニーズに寄り添い、適切なタイミングで、お客様のお悩みを解決するご提案を行う。


