「ランチの値段は、逆算で決める」──ある定食屋さんと、一枚の紙で値づけをやり直した話
投稿日:2026年08月12日

朝4時起きの名古屋の税理士の丸山です。
先日、昔から通っている下町の定食屋さんに、昼の営業が終わったころを見はからってお邪魔しました。
大将が、油の匂いの残る厨房から手描きのメニュー案を一枚持ってきて、こう切り出されました。
「丸山さん、来月から新しい日替わり定食を出そう思うんやけど……これ、いくらにしたらええと思います?」
紙には料理の名前と、その下に「原価だいたい400円」とだけ書いてありました。
私は少し考えてから、逆に聞き返しました。
「大将、いくらにするか決める前に、ひとつだけ一緒に考えさせてもらってもいいですか」
値段は「原価から積み上げて」決めるもの、なのか
飲食店で値段を決めるとき、多くの方はこんなふうに考えます。
「原価が400円。まあ、うちの業界は原価率3割が目安やから……400円を0.3で割って、だいたい1,300円かな」
一見、きちんとした決め方に見えます。私も長いあいだ、そういうものだと思っていました。
でも、この決め方には、静かな落とし穴があります。
「原価率3割」というものさしは、よそのお店の平均から借りてきた数字であって、この店の家賃も、ここで働く人のお給料も、大将が来月残したい暮らしの分も、どこにも入っていないのです。
同じ400円の原価でも、駅前の家賃の高いお店と、この下町のお店とでは、つけるべき値段はちがってくる。
それなのに「業界は3割」の一言で片づけてしまうと、自分の店の事情が、まるごと抜け落ちてしまうのです。
値段も、逆算で決められる
そこで私は、いつもの企業方程式を、大将の前で紙に書きました。
PQ = VQ + F + G
Pは1食の値段、Vは1食の食材原価、Qは月に出る食数。
だからPQは売上、VQは食材原価の総額です。
Fは家賃や人件費といった固定費、Gは残したい利益。
これを組み替えると、こうなります。
MQ = F + G
このシリーズで何度も出てくる式ですが、じつは値段を決めるときこそ、この形が効いてきます。
「先に残したい利益」と「先に出ていく固定費」を足したものが、来月かせがなければならない粗利の総額。
そこから一食あたりの値段まで、順番にたどっていけるのです。
定食屋さんの数字で、一緒にたどってみた
大将と、実際に数字を並べてみました。
まずGです。
「来月、手元にいくら残したいですか」と聞くと、しばらく考えて「40万は残したいなあ」と。
つぎにF。
家賃、二人分の人件費、水道光熱費……ざっと足して、月に200万円ほど。
すると、来月かせぐべき粗利は、
MQ = F(200万円)+ G(40万円)= 240万円
つづいて、この店で現実に出せる食数を見積もります。
25日営業で、1日およそ120食。
月にすると、およそ3,000食。
だから、一食あたりで残さなければならない粗利Mは、
M = MQ(240万円)÷ Q(3,000食)= 800円
最後に、この800円に食材原価400円をのせれば、値段が出ます。
P = V(400円)+ M(800円)= 1,200円
大将は目をぱちくりさせて、「あれ、思っとったより安いな」と。
「原価率3割」で決めていたら1,300円。
逆算でたどると1,200円。
この店の身の丈でいうと、1,200円で足りる、という答えが出たのです。
同じ原価でも、値段がちがっていい理由
ここで大事なのは、1,200円という数字そのものではありません。
その1,200円が、よその平均ではなく、大将自身のF(200万円)とG(40万円)から出てきた、という一点です。
もし家賃のうんと高い場所で同じ定食を出すなら、Fが大きくなるぶん、必要なMも上がり、値段は自然と1,200円より高くなる。
同じ400円の原価でも、店ごとに正しい値段はちがう。
それはごまかしではなく、店の事情が値段にきちんと映っている、ということなのだと思います。
それに、この決め方には、もうひとついいところがあります。
値段と同時に「宿題」まで見えることです。
1,200円で240万円の粗利を取るには、一食800円の粗利を3,000食。
そのうち固定費200万円を越えるのに2,500食かかり、残り500食分の40万円が、はじめて大将の手元に残る利益になる。
値段を決めた瞬間に、「どれだけ売ればいいか」まで、同じ一枚の紙に並ぶのです。
大将は、手描きのメニューの端に、鉛筆で小さく「1,200」と書き込みました。
そして、「値段って、こっちの都合から決めてええもんやったんですね」と、ひとりごとのように言われました。
私は、その「こっちの都合」という言葉が、少しうれしく聞こえました。
値段は、お客さんに押しつけるものではありません。
けれど、よその平均におびえて決めるものでもない。
残したい利益から、静かに逆算していい数字なのだと、私は思っています。
メニューは、料理の名前と値段が並んだだけの紙のように見えて、その一枚は「この値段で、これだけのものをお出しします」という、お客さんへの約束でもあります。
その約束の値札を、どこかの平均からではなく、自分の店の数字から書けたとき、値づけははじめて、大将自身の手にもどってくるのだと感じています。
次回は、少し趣を変えて、経営コンサルタント・一倉定さんのもう一つの言葉──「お客様の要求を満たすことが社長の仕事」という一行を、私なりに受け取ってみたいと思っています。
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この記事の監修
税理士
丸山会計事務所代表 丸山 和秀(1986年生まれ)
税制支援20年以上、不動産税務、事業承継&M&A、法人資産税、設備投資時の優遇税制を得意とする。
「ともに未来を描く」を経営理念として、お客様と一緒に未来を描くことができる、提案型の“攻める税理士”として、経営ビジョンやニーズに寄り添い、適切なタイミングで、お客様のお悩みを解決するご提案を行う。


