「値引きはなぜ恐ろしいか」──たった1割引きで利益が消えるカラクリの話
投稿日:2026年06月01日

朝4時起きの名古屋の税理士の丸山です。
先日、顧問先の社長さんから一本の電話をいただきました。
名古屋の街なかで、長く愛されている飲食店のオーナーさんです。
「丸山さん、ちょっと相談なんですけどね。来月から思い切って、ランチを1割引きにしてみようかと思うんです。最近、少し客足が落ちて気になってまして」
私は思わず、「あ、ちょっと待ってください」と声を返していました。
電話の向こうで、社長さんが「え?」と驚いている気配が伝わってきます。
値引きを頭ごなしに否定したかった、というわけではないのです。
ただ、「1割引きをすると、ご自身の利益がどれくらい削れるのか」を、社長さんと一緒に数字で見てから決めても、遅くはないのではないか──。
そんなふうに感じたのです。
値引きは「自分の儲けを、自分のハサミで切る行為」
ここで一度、シリーズで何度か出てきた式を思い出してみます。
PQ = VQ + F + G
Pは1個(1食)あたりの価格、Vは1個あたりの変動費、Qは数量、Fは固定費、Gは利益。
そして M = P − V は、1個あたりの粗利の金額です。
値引きをすると、まず動くのはPです。
ところが、Vはほとんど動きません。仕入れ値も、ガス代も、お米代も、値引きとは関係なく、今までどおりかかり続けます。
つまり、値引きで減ったぶんのPは、すべて Mから引かれていく。
そこに数量Qを掛けたMQが、そのまま社長の手元から消えていくのです。
私はこれを、社長さんに「値引きというのは、自分の取り分を、自分のハサミでチョキンと切る行為なんですよ」と、よくお伝えしています。
ランチセットの数字で、本当にやってみる
電話を切ったあと、社長さんのお店のランチセットで、ざっくりと数字を並べてみました。
ランチセット1食あたりの価格 P:1,000円
1食あたりの食材原価 V:400円
1食あたりの粗利 M = P − V :600円
m率(粗利率)M ÷ P :60%
平日のランチタイムで、月にだいたい600食ほど出るそうです。
月のMQは、
M(600円)× Q(600食)= MQ 36万円
このお店のランチにひもづく月の固定費 F は、ざっと30万円。
したがって、ランチからの月の利益 G は、
MQ(36万円)− F(30万円)= G 6万円
小さな数字に見えても、年に直せば70万円あまり。お店にとって決して馬鹿にできない、貴重な利益です。
ここで、社長さんが思い描かれた「1割引き」を断行したら、どうなるか。
新しい P:1,000円 × 0.9 = 900円
V は変わらず 400円
新しい M = 900 − 400 = 500円
そして、たとえお客さまが1人も減らずに、同じ600食が出たとしても、
500円 × 600食 = MQ 30万円
固定費 30万円と、ぴったり同じ。
つまり、利益 G はゼロ円になってしまいます。
たった1割の値引きで、月6万円の利益が、そっくりそのまま消える。
これが、「値引きの正体」なのです。
「じゃあ、何食余分に売ればいいんですか」
私が電話の向こうで、この数字をかみくだいてお伝えすると、社長さんはしばらく沈黙されたあと、こう聞かれました。
「丸山さん、じゃあ……今までと同じ6万円の利益を残すには、何食、余分に売らないといけないんですか」
これも、企業方程式の派生で、ぱっと出てきます。
必要なMQ = F + G = 30万円 + 6万円 = 36万円
必要な数量 Q = 36万円 ÷ 500円 = 720食
これまでの600食から、120食。
率にして20%も、来月から急にランチの客数を上乗せしないと、いまと同じ利益にすら戻らない、という計算になります。
「価格をたった1割下げただけ」のつもりが、現場には「客数を2割増やしてください」という、まったく別次元の宿題が落ちてくる。
これが、値引きが恐ろしいと言われる、いちばん大きな理由ではないかと、私は感じています。
値引きは、お客さまとの会話を「価格だけ」にしてしまう
もうひとつ、私が気にしているのは、数字の手前にある話です。
値引きをすると、お客さまとの会話が、どうしても「価格」だけに寄っていきます。
味の話、店主の人柄、店内の落ち着き、淹れたてのお茶の香り──そのお店が長く積み重ねてきた価値が、いつのまにか「○円引き」という1行に置き換わってしまう。
電話口の社長さんも、「うちは値段で選ばれている店じゃないと思って、ここまでやってきたんですけどねえ」と、ぽつりと言葉を落とされました。
私は、その言葉に深くうなずいていました。
もちろん、戦略としての値引きが必要な場面はあります。
私も、「値引きを絶対にするな」と申し上げるつもりは、ありません。
ただ、決断する前にいちど、自分の数字でこの計算を通してみる。
「1割引いたら、利益がいくら削れるか」
「同じ利益を残すには、何食余分に売らなければならないか」
そこまで見えたうえでの値引きと、「とにかく安くすれば、また来てくれるはず」という値引きでは、その後のお店の景色が、まるで違ってきます。
次回は、この発想をもう一歩進めて、「売上を減らして利益を増やす」という、一見すると逆向きの意思決定について書いてみたいと思っています。
数字で見てから、もう一度ゆっくり考える。
そのひと手間が、お店の体力を、静かに守ってくれる──私はそう感じています。
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この記事の監修
税理士
丸山会計事務所代表 丸山 和秀(1986年生まれ)
税制支援20年以上、不動産税務、事業承継&M&A、法人資産税、設備投資時の優遇税制を得意とする。
「ともに未来を描く」を経営理念として、お客様と一緒に未来を描くことができる、提案型の“攻める税理士”として、経営ビジョンやニーズに寄り添い、適切なタイミングで、お客様のお悩みを解決するご提案を行う。


