「原価を削ったら、お客も減った」──あるお弁当屋さんの誤算の話

投稿日:2026年07月08日

「原価を削ったら、お客も減った」──あるお弁当屋さんの誤算の話

朝4時起きの名古屋の税理士の丸山です。

 

先日、あるお弁当屋さんの社長さんと、お昼をご一緒していたときのことです。
ご自慢の日替わり弁当をつつきながら、社長さんがふと箸を止めて、こう切り出されました。

 

「丸山さん、思い切って材料の仕入れを見直したんですよ。
原価を、まるっと一割も下げられたんです
そこまでは、いいお話でした。
ところが社長さんは、少し声を落として、こう続けられたのです。
「……なのに、利益はかえって減ってしまってね
どうにも腑に落ちなくて」

 

原価を下げたのに、利益が減った。
一見あべこべのようですが、私はこの手のご相談を、これまでに何度もお受けしてきました。

 

今日は、「原価を下げれば利益は増える」という、一見あたりまえに思えるお話の、その裏側を、一緒に眺めてみたいと思います。

原価を下げると、どの記号が動くのか

いつもの企業方程式を、また持ち出させてください。

PQ = VQ + F + G

Pは一個あたりの価格、Vは一個あたりの変動費(材料や仕入れ)、Qは数量。
Fは固定費、Gは利益でしたね。
「原価を下げる」というのは、このうちのVを小さくする、ということです。

 

社長さんの数字を、下げる前と後で並べてみました。

 

下げる前は、お弁当一個の価格Pが600円、変動費Vが360円。
差し引いた一個あたりの粗利Mは240円です。
月に一万個売れていましたから、粗利の総額MQは240万円。
ここから固定費Fの200万円を払って、残る利益Gは40万円でした。

 

そして今回、仕入れ先を切り替えて、Vを360円から324円へ。
ねらいどおり、原価は一割下がりました。
Vが下がったぶん、一個あたりの粗利Mは240円から276円へ増えます。
ここまでは、たしかに「利益が増える」計算です。

削っていたのは、原価だけではなかった

ところが、翌月からQが、じわじわと落ちはじめたのだそうです。
月に一万個あった注文が、八千個まで減ってしまった

 

わけを尋ねてみると、常連のお客さんから「前より味が落ちた気がする」という声が、ぽつぽつと届いていた、と。
安い材料に切り替えたことは、お客さんのお箸の先には、ちゃんと伝わっていたのです。

 

数字にすると、こうなります。
粗利Mは276円に増えたけれど、Qが八千個に減ったので、MQは276円×8,000個で、220万8千円。
固定費Fは、材料を変えても一円も下がりません
お店の家賃も、パートさんの時給も、そのままです。
残ったGは、20万8千円
──下げる前の40万円から、むしろ半分近くまで減ってしまいました

 

社長さんは、しばらく試算表を見つめてから、ぽつりと言われました。
「原価を削ったつもりが……お客さんまで、削っとったんですね

 

私は、深くうなずいていました。

値引きと、よく似たもうひとつの落とし穴

以前、値引きの怖さについて書いたことがあります。
値引きは、Pを下げてもVは下がらないから、粗利Mがそのまま薄くなってしまう、というお話でした。

 

今日の原価削りは、ちょうどその裏返しです。
Vを下げれば、一個あたりのMは、たしかに増える。
けれどもVは、ただのコストではなく、「お客さんに届く価値の素」でもあるのです。
その素を削れば、味や品質という価値がやせて、Pを保てなくなったり、今日のようにQが逃げていったりする

 

Vという記号は、帳簿の上では「減らせば得をする費用」に見えます。
でも現場では、Vはお客さんの満足と、ひとつづきになっている
ここが、原価という数字のいちばん厄介で、いちばん面白いところだと、私は感じています。

原価は「下げる」より「見合っているか」で見る

私が長く読み返している『利益が見える戦略MQ会計』という本には、常識とは逆の、こんなお話が出てきます。
原価Vを、あえて上げて、利益Gを増やした会社の話です。

 

からくりは、いたってシンプルです。
少し良い材料に変えてVを上げても、その価値をきちんとお客さんに伝えて、Pをそれ以上に上げられれば、一個あたりのMは、むしろ増える
先ほどのお弁当屋さんでいえば、Vを360円から390円へ上げても、価値を伝えてPを600円から700円にできれば、Mは310円。
Qが元のままなら、MQは310万円まで増える計算です。

 

もちろん、どんな商売でも値上げができるわけではありません。
お伝えしたいのは、「原価は、下げれば下げるほどいい数字ではない」ということです。
大事なのは、Vを上げるか下げるかではなく、そのVが、お客さんに届く価値に見合っているかどうか
そこを見ずにVだけを削ると、今日のお弁当屋さんのように、粗利の総額MQごと、やせ細ってしまうことがあるのです。

社長さんとは、切り替えた材料のうち、お客さんが味の違いに気づく一品だけを元に戻して、そのぶんを別のところで工夫してみる、ということにしました。

今日、お伝えしたかったこと

自社の原価を、一度「コスト」としてではなく、「お客さんに届く価値の素」として、眺めてみる
この材料を削ったら、お客さんのお箸の先や、手元や、目に、それは伝わってしまうだろうか──と。
その問いをくぐらせてから、下げるか、据え置くか、あるいは思い切って上げるかを決める。
それだけで、原価という数字との付き合い方が、少し変わってくるように思います。

 

次回は、この「原価」にまつわる、もうひとつのややこしいお話を書いてみたいと思っています。
作れば作るほど、帳簿の上では利益が出ているように見えるのに、倉庫には売れない在庫が積み上がっていく──そんな「全部原価」のカラクリの話です。

 

原価は、お客さんとの約束の、いちばん近くにある数字なのだと、私は思っています。
削るときも、上げるときも、その約束の顔を、そっと思い浮かべながら。
今日も、静かに数字と向き合ってまいります。

 

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この記事の監修

丸山会計事務所 税理士 代表 丸山和秀

税理士
丸山会計事務所代表 丸山 和秀(1986年生まれ)

税制支援20年以上、不動産税務、事業承継&M&A、法人資産税、設備投資時の優遇税制を得意とする。
「ともに未来を描く」を経営理念として、お客様と一緒に未来を描くことができる、提案型の“攻める税理士”として、経営ビジョンやニーズに寄り添い、適切なタイミングで、お客様のお悩みを解決するご提案を行う。

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