「損益分岐点は、ひとつじゃない」──あと何歩で赤字になるか、を四つ数える話
投稿日:2026年07月29日

朝4時起きの名古屋の税理士の丸山です。
先日、顧問先の洋菓子店の社長が、一枚の紙を手に事務所へ来られました。
方眼紙に定規で線を引いた、手描きのグラフです。
「この前、銀行の担当の方に『御社の損益分岐点はいくらですか』と聞かれましてね」
「その場で答えられなくて、悔しかったので、本を買って自分で描いてみたんです」
斜めに伸びる売上の線と、水平に寝た固定費の線。
二本が交わるところに、社長は赤いペンで小さな丸をつけていました。
「ここが、うちの損益分岐点。
ここまで売れば、トントンです。
……これで、合ってますか」
私は、その几帳面な一枚に、思わず頬がゆるみました。
「ばっちりです。よく描けていますよ」
そう申し上げたあとで、私は一つだけ、こう付け加えました。
「ただ、その分岐点、じつはもう三つ、この紙の裏に隠れているんですよ」
社長は、きょとんとした顔をされました。
損益分岐点は、ふつう「売上」の話になる
「損益分岐点」というと、たいていは今の社長のグラフのように、「利益がちょうどトントンになる売上高」のことを指します。
いわゆる損益分岐売上高、というものです。
これはこれで、立派な数字です。
けれど、この一枚には、一つだけ物足りないところがありました。
それは、「売れば」という一本の道しか、描かれていないことです。
会社が赤字へ転げ落ちる崖は、売上が落ちる方向にだけ、あるわけではありません。
値段が下がっても、材料が上がっても、固定費が膨らんでも、会社は同じ赤字の谷に落ちていきます。
崖は、四つの方向にあるのです。
ハンドルが四つあれば、分岐点も四つある
このシリーズで何度もお見せしてきた、たった一つの式があります。
PQ = VQ + F + G
売上(PQ)は、変動費(VQ)と固定費(F)と利益(G)に分かれる、というものでした。
損益分岐点とは、この一番右のG(利益)が、ちょうどゼロになる瞬間のことです。
Gにゼロを入れると、式はこうなります。
PQ = VQ + F
さて、この式を動かしているハンドルは、P・V・Q・Fの四つでした。
(Mは P−V、mは M÷P、というのが、このシリーズの約束事です)
だとすれば、「どれか一つのハンドルだけを動かして、ちょうど利益がゼロになる点」も、四つ数えられるはずなのです。
言葉にすると、こうなります。
・値段Pを、どこまで下げたら赤字になるか(損益分岐P)
・材料費Vが、どこまで上がったら赤字になるか(損益分岐V)
・数量Qが、どこまで落ちたら赤字になるか(損益分岐Q)
・固定費Fが、どこまで増えたら赤字になるか(損益分岐F)
同じ「トントン」でも、見ている方向が四つある。
これが、「損益分岐点は、ひとつじゃない」ということの中身です。
洋菓子店の数字で、四つ数えてみる
社長のお店の数字を、一緒に並べてみました。
ホールケーキが一台4,000円(P)、材料費が一台1,600円(V)。
差し引き、一台あたりの粗利Mは2,400円です。
月に1,000台(Q)売れて、固定費Fは月200万円。
売上PQは400万円、粗利の総額MQは240万円、そこから固定費200万円を引いて、利益Gは40万円。
まずまず、黒字のお店です。
ここから、四つの崖までの距離を数えます。
難しいことはなくて、Gをゼロと置いて式を組み替えるだけです。
損益分岐P =(VQ+F)÷ Q = 3,600円
いま4,000円のケーキを、3,600円まで値下げすると、利益は消えます。
あと400円、一割ぶんの余裕。
損益分岐V =(PQ-F)÷ Q = 2,000円
いま1,600円の材料が、2,000円まで値上がりすると、利益は消えます。
あと400円、二割五分ほどの余裕。
損益分岐Q = F ÷ M = 833台
月に1,000台のケーキが、833台まで落ちると、利益は消えます。
あと167台、一割七分ほどの余裕。
損益分岐F = PQ-VQ = 240万円
いま200万円の固定費が、240万円まで膨らむと、利益は消えます。
あと40万円ぶんの余裕。
(この240万円は、ちょうど粗利の総額MQと同じ額になります)
四つ並べ終えたところで、社長がしばらく黙りこまれました。
一番近い崖は、どこか
四つの「余裕」を、割合で見比べてみます。
値段は一割、数量は一割七分、固定費は二割、そして材料は二割五分の余裕。
こうして横に並べると、このお店で一番手前にある崖は、「値段」だとわかります。
一割値引きしただけで、利益はきれいに消えてしまう。
その一方で、材料の高騰には二割五分ぶんの体力があって、案外ねばれるのです。
社長がいちばん心配されていたのは、じつは材料価格の値上がりでした。
けれど数字のほうは、「本当に見張るべきは、むしろ安売りの誘惑ですよ」と、静かに教えてくれていたのです。
以前この欄で、「Pを1%動かすと利益が一番大きく動く」という、感度の話を書きました。
あれは、坂の傾きの話でした。
今日の四つの分岐点は、崖のふちまで、あと何歩あるかという話です。
傾きが急な坂ほど、ふもとの崖も近い。
値段というハンドルが、いかに軽々しく触ってはいけないものか──二つの角度から、同じことを言っているのだと、私は感じています。
おわりに
損益分岐点を、たった一つの売上高に押し込めてしまうと、「あといくら売ればいいか」しか見えてきません。
けれど、P・V・Q・Fの四つで数え直すと、「うちの会社は、どの方向の崖に一番近いのか」が見えてきます。
一度、電卓を片手に、ご自分の会社の四つの分岐点を出してみてください。
四つの余裕のうち、一番薄いのはどれか。
そこが、社長がいま、いちばん静かに見張っておくべき方向です。
次回は、少し趣を変えて、経営コンサルタント・一倉定さんの言葉を一つ、じっくり味わってみたいと思っています。
「会社をつぶすのは、社長一人である」──ずいぶん厳しい言葉ですが、私はこれを、突き放す言葉ではなく、励ます言葉だと受け取っています。
そのあたりの話を、また次の朝に。
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この記事の監修
税理士
丸山会計事務所代表 丸山 和秀(1986年生まれ)
税制支援20年以上、不動産税務、事業承継&M&A、法人資産税、設備投資時の優遇税制を得意とする。
「ともに未来を描く」を経営理念として、お客様と一緒に未来を描くことができる、提案型の“攻める税理士”として、経営ビジョンやニーズに寄り添い、適切なタイミングで、お客様のお悩みを解決するご提案を行う。


