「30秒のカイゼンは、いくらですか」──現場の“秒”を、会社の“円”に両替する話
投稿日:2026年09月03日

先日、顧問先の工場にお邪魔したとき、休憩室で少しだけ待たせていただく時間がありました。
壁に、手書きの紙がずらりと貼ってあります。
「カイゼン報告」と大きく書かれた掲示板でした。
一枚一枚、ずいぶん丁寧に書き込まれています。
「部品箱の位置変更/1台あたり30秒短縮」
「治具の改良/段取り時間15分短縮」
「今年度の改善提案 累計142件」
見上げていると、現場の若い班長さんが横に来られて、少し照れながらこう言われました。
「ええ活動しとるでしょう。みんな、よう出してくれるんです」
私も、そう思いました。
件数をこなすためだけの活動ではなく、一枚一枚に工夫の跡がありました。
ところが、そのあと応接室に通されて、社長さんがぽつりとこぼされたのです。
「あの掲示板、私も自慢なんですわ。
……ただね、丸山さん。
あれ、決算書のどこにも出てこんのです」
現場の言葉と、会社の言葉が、違っている
私はこのとき、なぜか空港の両替所のことを思い浮かべていました。
現場の掲示板に並んでいるのは、「秒」「分」「件」「%」という言葉です。
いっぽう、試算表や決算書に並んでいるのは「円」だけです。
どちらも、うそは言っていません。
ただ、通貨が違うのです。
だからカイゼンがどれだけ積み上がっても、社長さんの手元に届く紙には一行も現れない。
必要なのは、もっとカイゼンを増やすことではなくて、
「秒」を「円」に両替するレートを、会社がひとつ持っておくことでした。
秒を円に換えるレートは、粗利から作れる
この連載でずっと使っている式を、いちおう置いておきます。
PQ = VQ + F + G (組み替えると MQ = F + G)
レートを作るのに使うのは、このうちの粗利総額MQと、現場が使った延べ時間です。
延べ時間のことを、ここでは「人時(にんじ)」と呼びます。
何人が、何時間働いたか。
人数×時間、それだけの話です。
そのうえで、こう置きます。
MQ ÷ 人時 = 1人が1時間働いて生んでいる粗利
この工場の数字を入れてみました。
現場は18人、1日8時間、月20日の稼働。
18人×8時間×20日で、ひと月の人時は2,880時間になります。
ひと月の粗利総額MQは、1,440万円ほどでした。
1,440万円 ÷ 2,880時間 = 5,000円
この工場では、現場の1人・1時間が、5,000円の粗利を生んでいる。
1分あたりに直せば、およそ83円です。
これが、この会社の両替レートでした。
あの30秒は、いくらだったのか
さっそく、掲示板の一枚目を換算してみました。
「部品箱の位置変更/1台あたり30秒短縮」
その製品は、月に4,000台つくっています。
30秒×4,000台で、120,000秒。時間に直すと、およそ33時間。
33時間 × 5,000円 = 16万5千円
ひと月で16万5千円。
年にならせば、200万円近くになります。
班長さんが「30秒くらいのことなんですけどね」と言われた、あの30秒です。
同じ要領で、「段取り時間15分短縮」の紙も、「不良を月12個減らした」の紙も、円に両替できます。
掲示板の142枚は、142個のバラバラな善行ではなく、ひとつの金額に足し合わせられる数字だったのです。
浮いた時間は、行き先を決めて初めて円になる
ただ、ここからが、いちばん大事なところです。
そして、社長さんが「決算書に出てこん」とおっしゃった、本当の理由でもあります。
33時間が浮きました。
けれど、その33時間を誰も使わなければ、会社のお金は1円も動きません。
現場が少し楽になって、それで終わってしまいます。
浮いた時間は、行き先を決めて、はじめて円に変わります。
行き先は、だいたい3つです。
ひとつめは、残業を減らすこと。
33時間ぶんの残業がなくなれば、そのぶん固定費Fが軽くなります。
残業単価を2,250円とすれば、ひと月で7万4千円ほど。Fが減った分は、そのままGに残ります。
ふたつめは、空いた時間で、仕事を増やすこと。
人を増やさずに受注を増やせれば、33時間ぶんのMQ、16万5千円がそのまま上乗せされます。
このときFは1円も動きませんから、これもまるごとGになります。
みっつめは、外に出していた仕事を、中に取り込むこと。
外注していた工程を自社でやれるようになれば、1個あたりの変動費Vが下がり、Mが厚くなります。
そして、この3つのどれを選ぶかは、現場では決められません。
現場にできるのは、時間を浮かせるところまでです。
浮いた時間をどこへ流すかを決められるのは、社長さんだけなのです。
カイゼンが決算書に出てこない会社は、たいてい、カイゼンが足りないのではありません。
浮いた時間の行き先が、まだ決まっていないだけなのだと、私は感じています。
掲示板に、一行増えていた
その日は、社長さんと班長さんと三人で、休憩室の掲示板の前に立ちました。
私が電卓を叩き、班長さんが「そんなになりますか」と紙を覗き込まれ、社長さんは腕を組んだまま、ずっと黙っておられました。
数カ月たって、また同じ工場にお邪魔しました。
掲示板の書式が、変わっていました。
「短縮 30秒/台」と書かれたその下に、細い線が一本引かれて、新しい欄が増えています。
「月あたり 16万5千円」
そして、その下にもう一行だけ、書き足されていました。
「行き先:来月から○○社の新規受注へ」
私は、しばらくその紙の前から動けませんでした。
もし社内に、カイゼンの報告書や日報の書式がおありでしたら、いちばん下に空欄をひとつだけ足してみていただけたらと思います。
「これは、月いくらになりましたか」
その一行が、現場と決算書のあいだにかかる、細いけれどいちばん確かな橋になるように思っています。
次回は少し角度を変えて、「売上高経常利益率を上げよう」という、いかにも正しそうな一言が、ときに会社をおかしな方向へ連れていってしまう話を書いてみたいと思っています。
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この記事の監修
税理士
丸山会計事務所代表 丸山 和秀(1986年生まれ)
税制支援20年以上、不動産税務、事業承継&M&A、法人資産税、設備投資時の優遇税制を得意とする。
「ともに未来を描く」を経営理念として、お客様と一緒に未来を描くことができる、提案型の“攻める税理士”として、経営ビジョンやニーズに寄り添い、適切なタイミングで、お客様のお悩みを解決するご提案を行う。


